キングダムの最新話の続きと結末を考察

こちらの記事では、キングダムの最新話より先の展開を、史実を元に考察していきます。

最新話では、秦国と趙国が鄴を巡って戦っていますが、この後も、秦国は、趙、韓、魏、楚、燕、斉と次々に国を滅ぼして生きます。

嬴政が中華統一を果たして、始皇帝を名乗るまでの道のりを考察したいと思います。

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最新話より先にある主な出来事

秦国が中華統一を成し遂げる上で、最初に滅ぼされるのは、韓です。

秦が列国を滅ぼした年

  • 韓・・・紀元前230年
  • 趙・・・紀元前228年
  • 魏・・・紀元前225年
  • 楚・・・紀元前223年
  • 燕・・・紀元前222年
  • 斉・・・紀元前221年

今、最新話で繰り広げられている鄴攻防戦は、紀元前236年の出来事です。

桓騎が李牧に敗れる

鄴を攻略した後、紀元前233年に、桓騎将軍が宜安を攻めた時に、李牧に敗北します。キングダムでも、黒羊丘の攻防戦において、慶舎と李牧が桓騎の弱点を知ったとされています。

李牧が桓騎の弱点をつくような戦術をとって、桓騎を敗る可能性は高いです。

桓騎は、この時討ち死にしたという説と、敗走して燕国に亡命したという説があります。

キングダムの桓騎のキャラクターからすれば、後者の可能性が高いです。

史実では、桓騎は燕国に亡命する際、樊於期(はんおき)と名乗っています。しかし、キングダムではすでに、毐国の将軍として樊於期が登場しています。

この戦いで、樊於期の息子の樊琉期(はんるき)が、信に破れた後に処刑される場に現れて、怒りを露わにしていたことから、もう一度登場するはずです。

樊於期は、燕の太子・丹に庇護されたという史実があります。しかし、刺客の荊軻(けいか)が、政の暗殺を実行するにあたり、荊軻が政と謁見するための材料として、その首を差し出したとされています。

キングダムでも、紀元前227年に起きた荊軻の暗殺未遂事件は多少なりとも描かれるはずです。

この時に、もしも桓騎が生きていたならば、どのように関わってくるのかが大きな見どころになりそうです。

▶︎▶︎桓騎の弱点〜負けるところが想像できない〜

韓の滅亡

史実では、韓の滅亡に大きく貢献するのは、騰将軍です。

この時、韓にいた有名な法家・韓非が秦国に移ったとされています。もともとは、韓非の名声を耳にした政が、何としても会いたいとしたのが理由だったそうです。

キングダムにおいても、政が中華統一後に法治国家を作ると語る上で、李斯に大きな働きを期待しています。

その李斯は、中華全土を探しても、そのような法を作れるのは、自分の他には、韓非くらいしかいないと話しています。

史実では、韓非に自分の地位を奪われることを懸念した李斯が、韓非を死に追いやっています。

キングダムでは、ひょっとすると違う展開になるかもしれないですね。

趙の滅亡

秦国が趙を滅ぼすためには、李牧と司馬尚を討つことが絶対条件です。

しかし、秦国は、李牧と司馬尚にだけはなかなか勝つことができないでいました。

そこで、王翦は、計略を持って、この二人を戦場から退場させてしまいます。

趙の郭開という重臣を使って、「李牧と司馬尚は趙国を裏切ろうと考えている」という進言を趙王遷に繰り返させます。

もともと、李牧のことをあまりよく思っていなかった趙王遷は、李牧と司馬尚を大将の任から解いてしまいます。

この時、司馬尚は素直に解任を受け入れるも、李牧は聞き入れずに戦い続けたため、趙王が仕向けた刺客に捕まり、斬首に処せられています。

キングダムでも、同じような流れになるはずですが、武勇にも優れた李牧が、そう簡単に刺客に捕まるとは思えないので、李牧は捕まったと見せかけて生き延びる可能性も十分考えられます。

いずれにしても現段階では、どのような展開になるのか考察することは難しいです。

ただ結果としては、李牧と司馬尚を失った趙国軍はあっけなく、秦国軍に敗れ、趙王遷が秦国の捕虜になったことで、趙国は滅亡することになります。

▶︎▶︎李牧とカイネは恋仲?二人の出会いと結末を考察

李牧が希望を感じていた太子・嘉のその後

ちなみに、趙国が滅亡した後も、代という国を嘉(か)が建てています。

嘉は、キングダムでも既に登場しています。

その時は、太子として次期趙王の位置にいましたが、鄴が秦国によって陥落した後、悼襄王(とうじょうおう)が崩御します。

この時、嘉ではなく遷が次期趙王に選ばれ、幽繆王(ゆうぼくおう)となっています。

李牧は、嘉が趙王になる日を夢見ており、嘉が趙王になった時に、趙に真の光がさすと語っています。

嘉が趙王に選ばれなかったことは、李牧に大きな衝撃を与えることになるのは間違いありません。

その嘉が建てた代という国も、燕と共に最後まで秦国に抵抗しますが、王賁によって捕虜にされてしまいます。

魏の滅亡

史実では、魏の滅亡に大きく貢献するのは、王賁です。

王都の大梁に対して水攻めを使って、少ない犠牲で魏を降伏させています。

水攻めは、兵の犠牲は少なくなるものの、他の援軍に対して注意しなければなりません。しかし、この時点で、魏以外に残っているのは、斉、燕、楚の3国のみ。

そのいずれも、援軍を送る気配は全くなく、魏は孤立無縁の中、滅亡するのでした。

▶︎▶︎王賁の最期は?史実でも実績が多く残る名将だった

楚の滅亡

韓・趙・魏を滅ぼしたことで、いよいよ政は大国・楚の滅亡に動き出します。

楚を滅ぼすのに、どれくらい兵が必要かと、政が信(李信)に尋ねたところ、「20万で足ります。」と答えます。

一方、王翦は「60万ないと無理でしょう。」と答えます。

政は、王翦ではなく信の言葉を信じ、信(李信)と蒙恬に20万の兵を率いて、楚を攻めさせます。

王翦は、自分の意見が採用されなかったことで、病と称して出兵を断ります。

そして、信(李信)は、この後、楚の大将軍・項燕に大敗を喫することになります。

信は蒙恬と10万ずつ兵をわけ、二手に別れて楚を侵攻していきます。

楚の大将軍、項燕はわざと負けて見せていることに気づかない信は、調子に乗ってどんどん進軍していきます。

しかし、信が油断しきったところで、項燕は一気に猛攻にでて、信を函谷関まで押し込んでいきます。

このとき、七人の将が討ち取られたという史実があるので、飛信隊の幹部たちも多く犠牲になる可能性があります。

この戦いにおいて、王翦、蒙武、騰は参加していない可能性が高いです。騰は、楚国の攻略に際して、南群に駐留していますが、信や蒙恬とともに前線で戦うことはないはずです。

つまり、この戦いで犠牲になる七人の将というのは、飛信隊の幹部クラスの隊員である可能性が高いです。

ちなみに蒙恬に関しては、記録が残っていないことから、問題なく進軍して信との合流地点に到達していた可能性が高いですが、李信と合流したところを項燕に狙われたという説もあるので、はっきりとはわかりません。

信が大敗を喫して、さらに再び函谷関に楚軍が迫ってきているとあって、政は慌てて王翦の元へ出向き、自ら出兵を願い出るのでした。

60万の兵を率いることと、恩賞として土地を貰い受けることの確約を得た王翦は、信の尻ぬぐいのために、再び戦場に戻ります。

この時、信もおそらく、王翦軍の指揮下で楚軍と戦っているはずですが、具体的な事実はよくわかりませんでした。

逆に言えば、キングダムで大きく脚色できる部分でもあると言えます。そもそも、キングダムでは、王翦にも引けをとらないほどの戦術眼を持つ蒙恬が、項燕の罠に気づかないはずはありません。

さらに、楚の滅亡には、秦国の軍総司令昌平君が大きく関わってきます。

昌平君が楚の出身であることは、作品の中で既に明かされていますが、実は、史実において、昌平君は、楚国の最後の王として、秦国軍と戦っています。

その結果、王翦と蒙武の連合軍に敗れ、討ち死にしています。

楚国の滅亡は、キングダムの終盤の最大の見どころになると言えそうです。

▶︎▶︎項燕は楚国のために戦い抜き、子孫がその意志を継いだ

燕の滅亡

史実では、燕の滅亡に大きく貢献するのは、王翦、王賁と李信(信)です。

燕の太子・丹は、幼い頃、邯鄲で同じく人質の身だった政と知り合っています。

しかし、成長して再び政の元を尋ねた時、冷遇されたことから恨みを持つようになり、刺客として荊軻を送り込んでいます。

荊軻による、政の暗殺が失敗に終わると、政は、本格的に燕国への侵攻を始めます。

秦国の侵攻を受けた燕は、代の嘉の援軍を受けるも敗北を喫し、王翦の追撃によって遼東へ逃れることになります。この時、嘉は燕王喜に太子である丹の首を差し出すように提案したという説と、丹は李信によって討たれたという説があります。

ちなみにこの時、王翦、王賁、李信が揃っていることから、代王・嘉の軍にカイネや傅抵が混ざっていて、李牧の弔い合戦が繰り広げられることも可能性としてあります。

なぜなら、李牧が嘉に希望を抱いていたことを、カイネや傅抵は知っているからです。

史実としては、紀元前222年に、再び討伐軍として王賁が向けられ、燕王喜が捕虜にされたことで、燕国は滅亡します。同じ時期に、代の嘉も捕虜となり、代国も滅んでいます。

斉の滅亡

史実では、燕の滅亡に関与したのは、王賁と李信(信)です。

史実では、斉王・王建は、秦国と戦う意思はなく、簡単に降伏したとされています。

キングダムでも、斉王・王建は、早々に秦国に対して、降伏を宣言しています。ただ、史実とことなるのは、直接、政に出会って、政の思想に共感した上でのことでした。

キングダムでも、最後には、王賁と李信(信)が、斉国を侵攻すると考えられます。それは、いくら王が降伏を認めたからといって、形だけでも戦いによって敗れたという事実がなければ、斉の民たちも、敗北を受け入れられないはずだからです。

おそらくこの時、藺相如の右腕だった尭雲が死に際に王賁に向けて伝えた「振り上げた刃は必ず最後まで振り下ろせ」という藺相如の言葉の本当の意味を、王賁と李信(信)は知ることになるはずです。

まとめ

キングダムのこれからの大きな見どころになり得るのは、

  • 桓騎の敗北と結末
  • 趙国滅亡に際する、李牧との決着
  • 李信(信)が楚国の大将軍・項燕に大敗を喫する
  • 楚国滅亡に際する、昌平君と王翦・蒙武の戦い
  • 斉を滅ぼして、中華統一を成し遂げる時

信と王賁が斉を滅ぼす時、飛信隊と玉鳳隊のメンバーは一体どれほど残っているのでしょうか。

特に飛信隊は、楚との戦いで中心メンバーを多く失うことになりそうです。その中には羌瘣や河了貂が含まれても不思議ではありません。

できることならば、信、河了貂、羌瘣には中華統一後も生き残って幸せに暮らして欲しい・・というのは、わがままな願いなのでしょうか。

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