
こちらの記事では、李牧とカイネの出会いが描かれている、読み切り編のあらすじと、李牧やカイネの結末について考察していきます。カイネが李牧に対して、異性としての感情を抱いているのは間違い無いですが、実際に2人は恋仲になった末に夫婦になることがあるのか、とても気になるところです。
目次
李牧とカイネの出会い
出会い
李牧は、北の匈奴の侵攻を防ぐために、雁門という場所で将軍を任されていました。
この土地では、度重なる匈奴の侵攻によって、幾度となく、将軍が派遣されては討ち死にしていました。
新しく将軍としてやってきた李牧は、これまでの戦略を大きく変え、一転して籠城戦略を取ります。
カイネは、雁門に住む女剣士でした。両親を匈奴に殺され、何としてもその仇を取りたいと考えている中で、徹底して逃げの戦略をとる李牧に最初は反感を抱いていました。
しかし、カイネの思いとは裏腹に、李牧が雁門の将軍になってから、匈奴による被害は最小限に抑えられていました。
衝突
匈奴が攻め入ってきた時、兵も民も、戦わずに砦に逃げ込むことを厳命されていたことで、李牧が雁門にやってきて最初の匈奴侵攻の時、村の家々は焼かれたものの、死傷者は1人も出ませんでした。
匈奴が去った後、率先して再建の力仕事をこなす李牧の姿に、民や兵たちは少しずつ心を開いていきます。
その1ヶ月後。再び匈奴が雁門に侵攻してきます。
この時も、民たちが砦に避難して、集落には誰もいなかったことに腹を立てた匈奴は、砦を囲んで中にいるカイネたちを挑発します。
両親を殺されたカイネは、匈奴の挑発に乗り出陣しようとしたところを、李牧によって捕らえられ、投獄されてしまいます。
この時、カイネは幼馴染の昭という少年に、匈奴から逃げてばかりの李牧に対する怒りをぶつけるのですが、結果としてこのことが、悲劇を生むことになります。
翻意
李牧の非戦の戦略のおかげで、被害が最小限に食い止まっていると考える人が増える中で、カイネは「戦わずして逃げるのは、敵に屈しているのと同じだ」とこれに反発します。
カイネの姿をみた李牧は、かつての自分と重ね合わせ、自分の昔話を語り始めます。
李牧も、かつてはカイネと同じように、戦で両親や兄弟を失っています。
その恨みは、李牧が所属していた部隊の仲間に伝播し、彼らは部隊長の制止を振り切って、敵陣に突撃し、これを撃破します。
しかし、我を忘れて戦い抜いた李牧が、ふと我に返った時、その周りには生きている人間がおらず、たった1人きりになっていました。
この時、自分は、両親の仇と引き換えに、同じくらい大切なものを失ったことに気づき、絶望するのでした。
李牧は、この時の経験から、「生の重み」を誰よりも理解し、匈奴に対して、非戦の戦略をとることを決意したのでした。
悲劇
カイネの怒りの声を聞いた、幼馴染の昭は、密かに趙王に謁見し、李牧に対する不満を打ち明けていました。
この密告により、李牧は雁門の将軍の任を解かれ、代わりに好戦的な将軍が派遣されてきます。
そして、匈奴が侵攻してくるやいなや、軍を率いて出陣しますが、これに敗北を喫します。
この時、将軍を始め、雁門は匈奴に蹂躙され、カイネの幼馴染の昭も戦死してしまいます。
かろうじで生き残ったカイネは、昭の亡骸を前に、涙を流します・・。
李牧がかつて話していたことを思い返し、後悔の念に襲われ、絶望の淵に立たされた時、カイネの前に再び李牧が現れます。
匈奴の侵攻が続く中、もどってきた李牧のおかげで、雁門は再び匈奴の侵攻を押し返すことに成功します。
そして、再び非戦の戦略を取り続け、内側の戦力を蓄えたところで、大挙して向かってきた匈奴を、戦略により返り討ちにし、大打撃を与えることに成功します。
この大敗と、李牧の存在が、匈奴に対する抑止力として働き、この後数十年間に渡って、匈奴は、雁門に近くことすらしなくなります。
李牧とカイネの結末は?
かつては、李牧のことを、逃げるだけの無能な将軍と思っていたカイネでしたが、そうでないことを知ってからは、常に側で李牧を支えるようになります。
カイネは、その振る舞いからして、李牧のことを単なる上官ではなく、異性として見ている部分が少なからずあります。
一方で、李牧の方も、カイネを側近として側においているからには、少なくとも他の部下とは違う感情があるように思えます。
李牧とカイネが、恋仲になり、夫婦になるかどうかは、李牧の結末に大きく関わってくるところです。
李牧が反間の計にあっても生き残る可能性
キングダムで、李牧が王翦・楊端和・羌瘣の連合軍との戦いの後も生き残るとしても、戦場からは離れていると考えられます。
それは、秦国軍が李牧が戦場に残ったまま生き残ることを許さないからです。
李牧を討つことと、趙を滅ぼすことは、ほぼ同じ意味です。
そのため、李牧が反間の計にあっても、生き残るとすれば、戦場を離れることになる理由が必要です。
李牧の目的は、争いのない平和な世の中にすること
李牧も、嬴政と同じように中華を争いのない平和なものにすることを目的にしています。
ただ、目的地は同じでも、嬴政は武力による統一を目指す中で、李牧は武力を使わない手段を選んでいます。
李牧が自ら戦場を離れるためには、自分の代わりに安心して中華を任せられる存在が現れることが必須です。
それは、嬴政や王翦である可能性は、極めて低いと言えます。
李牧が自分の理想を委ねる相手として考えられるのは、やはり信です。
信のモデルは李信という実在した武将なので、このあと改名することになります。
李牧の名前を一文字貰い受けて、李信とするはずなので、ここにもし信だけでなく、李牧の意志も込められていたとすれば、信に中華の未来を託して、戦場を離れ、カイネや他の仲間たちと暮らす未来もなくはなさそうです。
李牧と信の一騎打ちはあるのか
結論から言えば、李牧と信の一騎打ちはないのではないかと考えます。
その根拠として、
- 「あなたの刃が私に届くことはありませんよ。」と李牧が明言していること
- 李牧は武の力ではなく、軍略を用いて越えるべき存在であること
信にとって、李牧は最大の敵であり、越えるべき存在でもあります。
李牧は、軍略だけでなく武勇を兼ね備えていますが、龐煖を倒した信が武力によって、李牧を越えることに、以前ほどの意味はないように思えます。
それは作品の展開としてもそうなのですが、信と李牧の関係から考えても、信が越えるべきなのは、王騎を死地に追いやった李牧の軍略なのだと思うのです。
李牧と王翦・楊端和・羌瘣が戦った時、史実では李信はその場にいなかったと考えられています。
仮に、李牧が反間の計によって処罰されず、戦場で討ち死にするとしても、信が一騎打ちで討つのではなく、羌瘣が討つことになると考えます。
信は何としても自分の手で李牧を討ちたいと考えています。それは、李牧も重々承知のはずです。そこを利用すれば、信であっても李牧を欺くことができそうです。
信は、個の力ではなく、飛信隊の力を使って、李牧を越えるのです。
反間の計で処罰されるのが濃厚
やはり最も可能性として高いのは、史実通り、反間の計により、趙王が向かわせた刺客にとらわれ、処罰されることです。
李牧自身が、武勇を兼ね備えているので、並みの刺客では李牧を捕らえることはできないはずですが、カイネが人質にとられるなど、弱みを握られることなどが考えられます。
李牧は、かつて雁門の将軍を任された時も、身近な仲間を守ることを最優先にする戦略を用いています。
李牧が中華に争いのない世の中を作りたいと考える原動力は、見ず知らずの大勢の人たちではなく、大切な人たちが、幸せに暮らせる未来を作りたいと思う気持ちからきているように思えます。
仲間を犠牲にしたり、見殺しにしてまで理想を目指すことは、そもそも本末転倒なことになるので、しないはずです。
まとめ
キングダムでも、李牧は史実通り、悲しい結末を迎える可能性が高いと考えられます。
しかし、李牧の意志は、カイネや傅抵など側近を始め、敵国の信にまで受け継がれていくはずです。
嬴政が中華統一を成し遂げた時、そして、信が李信となって、天下の大将軍となったとき、カイネや傅抵は、李牧の代わりに、理想が実現したことを見届ける・・。
それは、かつて嬴政が呂不韋との議論で語った、人の本質にも通じるところです。
李牧やカイネの結末について、考察しましたが、これはあくまでも、個人的な予想です。
キングダムの一ファンとして、実際にはどういう結末を辿るのか、これからも引き続き楽しみながら読み進めていきたいと思います。
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